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2011年4月 8日 (金)

マグニチュード7.2 こんなに揺れても余震

昨夜。

ガタガタ。
相当大きな揺れ。
「バシーッ」と停電。

先日貰ったランタンが燦然と輝く。
こんなに早く役立つとは、思ってもいなかった。

水道に走り、ポリタンクに給水開始。
5センチも注がないうちに、止水。
「?」
「タンクに水があるうちは、送水可能なはずなのに、なぜこんな早く止まったのか?」
備えておいた18リットルの水が、強い味方。
これで1両日位は持つ。
宮城野区や台の原の火災、ガス漏れのニュースを聴きながら、悪夢の再来に力が抜ける。
とりあえず就寝。

朝起きたら、水が出ていた!
でも、隣の区画は、漏水で断水らしい。

又買い物の行列に並んで、やっと単3と単4の乾電池を購入。
 

我が家は、夕方には電気も復旧。
この時点で、県内52万所帯はまだ、電気がついていないという。

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コメント

自衛隊の皆さんと、米軍のみなさんには、本当に感謝しています。
生存者の捜索、瓦礫の撤去、遺体の収容、仮橋の設置、給水、物資の輸送などなど、数えあげればきりのないほど、働いていただいています。
自衛隊がなければ、警察と消防だけで色々な災害に対応できるとは思えません。

気仙沼の大島にも沢山の米軍の支援がありました。

戦争ではなく、災害時にこそ、たくさんの力を結集して欲しいと思います。
災害時の痛ましい現場では、苦しいことも、おありだろうと思います。
私の知人は、自衛隊の方に遺体を見つけていただきました。
その後に、通りかかった自衛隊の車列に思わず手を合わせたと言ってました。

私たちは一緒に、復興しましょう。
日本人です。
必ず出来ます。

投稿: 桃 | 2011年4月26日 (火) 22時21分

自分も九州は福岡の部隊から派遣されてやってきました。

筆舌にしがたい光景に何故か驚嘆の声も、涙も、溜息も出ませんでした。

共徳丸の真横も通過しました、吹き飛んだタンク、目を刺す匂い…

先日某部隊から連絡がありました、内容は「○○町、座標、○○○○-○○○○、ご遺体発見、20〜30代女性、同じく○○町、座標、○○○○-○○○○幼児、焼け跡により損傷激しく。」
文章だけで涙が溢れました、きっと親子だったんでしょう…

確かに皆さん「被害者」かもしれませんが、被害者ではなく、死線を越えた「生存者」です。

避難所も以前と変わり雰囲気が明るくなりました、少し「もぅ大丈夫だな」とも思えました。

自分達もみんな頑張ってますので、お互い笑顔で歩んでいきましょう。

俺らはまだまだやれます。

投稿: A3曹 | 2011年4月22日 (金) 00時37分

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